校長ブログ
誰かが
高校の同窓会で久しぶりに会ったことで、部活動の同窓会をやろうかという話になりました。
と言っても発起人は同じ部活の人ではなく、そもそも同窓会には元部員たちは出席していなかったので、はたして部活の同窓会と言ってよかったのかはわかりませんが。
その部活は文化部の一つで、今でこそ40~50人の大所帯で全国大会にも連続で出ている活発なものです。しかし私がいたころは全学年合わせても10人に満たなく細々と活動していました。(我々の代は私を含めて3人でした)その3人と発起人、さらになぜか顧問ではなく教科や担任としてお世話になっていた先生の計5人で行われました。
話が尽きることなく時間が過ぎていったのですが、当時部長だった方の言葉が印象的でした。
その彼が、私は高校時代に「自分探しをしていた」というのです。
自分の記憶が定かではないので肯定も否定もしませんでしたが、先生もそれをわかるとおっしゃったのです。
私たちは常に多くの人と関わりながら生活しています。そしてやり取りもしているわけです。
自分ではそのつもりがなかったとしても、少なくともそう見せていたからこそ相手はそう感じていたということは認めなければならないでしょう。また、別の言い方をすれば、我々の行動は誰かが見ているといえるのかもしれません。
見られているから言動を意識するわけではありませんが、恥ずかしくないよう注意することは必要でしょう。
高校生活の3年間、生徒の皆さんは多くの人と接していきます。その中ではいろいろな「声」を聞くことになるでしょう。もちろんすべてが正しいわけではないでしょうし、すべてを聞き入れる必要もないでしょう。しかし自分がそう見せている・誰かが見ているということは忘れないで欲しいと思うのです。
時の流れ②
私事ですが、先月末に高校の同窓会がありました。卒業後40数年ぶりに学年での開催となりました。10クラス規模だったのですが、各クラス10人程度参加していて結構にぎわっていました。
なんと言っても顔が変わっていないことに大きな驚きを感じました。時が流れていることは否めないのですが、すぐに誰だかわかるという点に不思議な感じがしました。
それぞれ現在のことや高校時代の思い出を話すわけでもなく(まったく話さなかったわけではありませんが)、楽しく過ごすことができました。
生徒の皆さんにとって、本校が母校となり、きっと何年後かに同窓会等で再び会うことになるのでしょう。
そのために今何かをせねばならないわけではありませんが、学校で過ごす1日1日が、きっと皆さんの中に何らかの形で残り、それが今後の人生の何かに繋がっていくことは確かだと思うのです。
時の流れ①
過日、地域の市制55周年の記念式典、西部地区の高校の創立100周年記念式典に伺いました。
多くの方からのお話を伺えて有意義な時間となりました。
55周年くらいなら、当時を知る人がまだいるでしょうが、100周年とjなると当時を知る人はもういないでしょう。参列しながら、ふとこういった式典を当時の人が見たらどういった感想を持つのだろうと考えてしまいました。
社会的にも変化している現状を鑑みれば、当時の思いがそのまま今に引き継がれているとは言えないでしょう。では、我々は過去から何を学び、引継ぎ、次へとバトンを渡していくのか。どのような組織であっても同じだろうと思います。
本校も50年を超え、1万人以上の卒業生が社会で活躍しています。
現在の本校では何をしていくべきか。常に自問自答しながら日々を送りたいものです。
11月の学校説明会
11月に公開授業や学校説明会を実施しました。
ご来校いただいた中学生・保護者の皆様、ありがとうございました。
先日、希望状況の発表もされていました。
中学3年生・保護者の皆様にとって、いよいよ進学先をどこにするかの絞り込みが最終段階をむかえるところでしょうか。
説明会の時に何を基準に学校選ぶかという話を毎回させていただいていますが、実際のところ一番重要視しているのはどういった項目なのでしょう。高校は3年間通うところなわけですから、悩むのも当然だと思います。
いずれにしても、様々な情報をどう読み解き・分析し、自分が通いたい学校・保護者として通わせたい学校をどこかの時点で決定しなければなりません。
限られた時間ではありますが、どうかじっくり考える時間をとっていただきたいと思います。
来し方行く末
落葉祭(文化祭)が終わりました。多くの方にご来場いただきありがとうございました。
翌日には新座市の市民体育祭があり、大会役員として会場に伺いました。
落葉祭でも市民体育祭でも、卒業生・今在籍している生徒の保護者等何人もの方からお声がけいただきました。懐かしさと共に思い出話もできて楽しい時間が過ごせました。
これまでも市の行政関係や教育関係の方から本校の卒業生である話を伺い、何度かお話しさせていただきました。
自分のことで考えてみると、本校で教員としてスタートし、今再び縁あってお世話になっていることに不思議な感じを覚えます。また、本校に兄弟姉妹で通学していることはもとより親子で通っている方がいることを考えてみると、本校が多くの方から愛されているのだなと実感させられます。
落葉祭には本校1期生の方もご来場してくださいました。時が流れている中で、母校に足を運んでくださっているという事実。
今教職員としてお世話になっている我々は、これから先本校をどちらに向けて進めていくのか。また、どう次の世代に繋げていくのかを考えていかないといけないのだと、当たり前のことではありますが、思わざるを得ないのです。
変化
校長室の窓の外、目の前に朝顔の花が咲いています。
夕方にはヒグラシの声も聞こえるようになりました。
秋が着実にやってきているようです。
今年の夏は酷暑・猛暑の日が続き、雨が集中的に降るといったこともありました。
季節一つとってもこれまでと同じように考えてはいけなくなっているということでしょうか。
よく、仕事等でも前例踏襲ではいけないという話を耳にします。
そうは言っても、何かを変えるということには大きな労力を必要とします。
自分は変わらないでいようとしても、周りがどんどん変化していく。
もちろん変わってはいけないこと・変わらないことがあるのは確かでしょうし、変えねばならないものでもないでしょう。ただ、座してそのままやり過ごすわけにはいかないことにはどうにか対応していかねばなりません。
始業式の日に「一歩前進」や「凡事徹底」という話をしましたが、まさにそういうことです。
個人の力はたかが知れています。それでも何とかしないといけないなと思うのです。
学校説明会
9月20日(土)、学校説明会を行いました。
気温がそれほど高くなく涼しくなってくれたため、体育館での説明にとってはありがたい時間となりました。
117組229名もの中学生・保護者の参加をいただきありがとうございました。
今回は昨年度にご好評だったダンス部のパフォーマンスで始まり、学校概要や行事、進路状況などの説明を行いました。その後は校内案内や個別相談でした。個別相談には数多くの方がいらっしゃり、皆様の関心の高さを感じさせられました。
この後もまだ学校説明会は実施されます。ぜひご来校ください。
主観
今年度、縁があってよさこい鳴子踊りを見る機会が何度もあります。
お客さんに披露するだけでなく、審査もあったりする発表です。
踊ることに限らず、芸術に関わるものの発表は、審査に難しさがあると思います。
スポーツですと、「●対●で・・・の勝利」と誰の目にもはっきりとわかるものですが、芸術だとそうはいきません。
どうしてもどこかに審査員の主観が入らざるを得ないと思うのです。
これは単なる好き嫌いとは異なります。
私自身これまでに踊りではありませんが審査員をさせていただいたことが何度かあります。大きな発表会でなくても、体育祭の応援合戦や文化祭の展示・発表の評価も同様です。
こういった場合、審査基準の大枠があったとしても最終的にはこちらにゆだねられてしまうわけですから、責任があります。その結果によって県大会や関東大会といった上位の大会に出場できるかが決まってしまうわけです。
だからこそ自分なりに細かい基準を決め、審査に臨むようにしています。それでも限界はあるもので、審査の度に自分の考えた基準でいいのか悩みます。
一方、基準とは別に、自分たちだけが楽しんでお客さんが置いてけぼりになっている作品もあります。
本人たちは楽しいのでしょうが、見ている側はつらい時間です。
芸術には正解不正解がない部分はあるのでしょうが、なかなか難しい問題です。
夏休み明けの文化祭では、独りよがりではなく、丁寧な作品作りを期待しています。
彩の国進学フェア
7月12日(土)・13日(日)に行われた彩の国ん進学フェアでは、本校のブースにも多くの方にお越しいただきました。また、学校案内も大変多くの方が手に取ってくださいました。ありがとうございました。
学校という場所で行う学校説明会では、その学校に関心等がある方による参加となってしましますが、進学フェアのような場では、ちょっとしたきっかけで興味を持ってくださる方もいらっしゃるので、学校側としても貴重な場となります。
このあと、本校でも部活動体験や学校説明会が行われます。少しでも興味を持たれな場合は是非お越しください。
人の縁
様々な所からお知らせやご案内をいただく。
時々あっとさせられる時がある。
先日、電話があり「・・・の・・ですが、お久しぶりです」
最初は「?」だった。しかしすぐ「!」に変わった。高校の時の知り合いだった。
高校を卒業して以来だったので、もう数十年ぶりである。驚きとともに、よく覚えてくれたなあという感動が先に立った。彼とは同じクラスになったこともなく、3年での選択教科が一緒だっただけという限られた接点ではあったが、なぜかよく話をしていた。
あの当時は携帯電話だってなかったので、卒業後に連絡を取ることは簡単ではない。それでも知り合いから知り合いへという流れで連絡がとれた。
たまたまだが、この連絡とほぼ同じ時期に他の複数の関係の連絡もあった。
人と人との関係が続くのは奇跡なのかもしれないと最近感じていた。
だからこそ、今ある関係を大事にしておくべきなのだろう。
高校生活は3年間。過ぎてしまえばあっという間だ。